退職代行というサービスがある。
文字通り、会社を辞める際の連絡や手続きを本人の代わりに行ってくれるサービスだ。
料金を払えば、退職の意思を会社に伝えてくれたり、その後のやり取りまで対応してくれる。
このサービスを初めて知ったとき、正直少し不思議だった。
仕事を辞めるだけなら、自分で言えばいいじゃないか。
そう思う人も多いのではないだろうか。
もちろん、辞めるときに気まずいのはわかる。
上司に伝えるのは面倒だし、引き止められることもある。
職場に迷惑をかけるような気持ちになることもあるだろう。
ただ、それは昔からそうだったはずだ。
仕事を辞める人は昔からいたし、その過程が面倒なのも昔から変わらない。
それでも、最近は退職代行というサービスをよく見かけるようになった。
単なる珍しいサービスではなく、職業として成立するほど利用されている。
ここが少し気になっている。
なぜ今になって、こういうサービスが広がっているのだろうか。
辞められないから使うのだろうか
退職代行の話になると、よく
「最近の若者は辞めると言えない」
「メンタルが弱くなった」
といった話になる。
確かに、そういう側面が全くないとは言わない。
ただ、それだけで説明するのは少し無理がある気もしている。
仕事を辞めるときに気まずいのは、今に始まった話ではない。
昔だって同じように言いにくかったはずだ。
それでも多くの人は、多少の気まずさを抱えながら自分で退職を伝えてきた。
だから退職代行を使う理由は、
単純に「辞められないから」という話ではない気がしている。
むしろ、別のところに理由があるのではないかと思っている。
面倒なことを外注するという発想
少し単純な話になるが、人は面倒なことをお金で解決することがある。
例えば飲み会の帰り、歩けば帰れる距離でもタクシーに乗ることがある。
歩けないわけではない。ただ、面倒だからだ。
料理も同じだ。
自炊できる人でも、出前やフードデリバリーを使うことはある。
やろうと思えば自分でできる。
ただ、面倒だから外注する。
退職代行も、発想としてはそれに近いのかもしれない。
会社を辞めること自体は難しいことではない。
法律的にも退職は個人の自由だ。
ただ、その過程には少し面倒なことがいくつもある。
上司に伝える
引き止めに対応する
退職日の話をする
有給の扱いを決める
どれも特別難しいことではないが、心理的には少し疲れる作業だ。
退職代行は、その部分をまとめて外注するサービスとも言える。
ただ、それだけでは説明が足りない気もする
とはいえ、「面倒だから外注する」というだけなら、昔からあってもよさそうな気もする。
仕事を辞める人は昔からいた。
辞めるときの気まずさや面倒さも昔からあった。
それでも、退職代行のようなサービスはここ最近になって広がっている。
ということは、単に面倒だからというより、
社会の側にも何か変化があるのかもしれない。
例えば、最近は色々な代行サービスが増えている。
フードデリバリー
家事代行
配送代行
自分でやればできることを、代わりにやってもらうサービスだ。
こういうサービスが増えているということは、
そもそも社会全体が「面倒なことを外注する」方向に動いているのかもしれない。
辞める決断と、辞める行為
退職代行を使う人の話を見ていると、少し気になる点がある。
それは、辞めること自体に迷っているわけではない人も多いということだ。
つまり
辞める決断はしている。
ただ、自分で伝えたくない。
少し言い方を変えると、
辞めたいのではなく、辞める行為をしたくない
とも言える。
退職を伝えるときには、どうしても人間関係の摩擦が生まれる。
引き止められることもあるし、少し気まずい空気にもなる。
そういうやり取りを全部自分で処理するのが面倒だから、
お金を払って外注する。
退職代行は、辞めるためのサービスというより、
辞めるときの摩擦を処理するサービスなのかもしれない。
摩擦を減らす社会
こうして考えると、退職代行の広がりは少し象徴的にも見える。
昔は、面倒なことや気まずいことは自分で処理するのが普通だった。
仕事を辞めるときも同じで、多少の摩擦があるのは当たり前だった。
しかし今は、面倒なことを外注する選択肢が増えている。
退職という行為も、その流れの中に入ってきたのかもしれない。
辞める人が増えたのかどうかは正直わからない。
弱い人が増えたとも言い切れない。
ただ一つ言えるのは、
摩擦を自分で処理しなくてもよい選択肢が増えたということだろう。
退職代行が広がっている理由も、
案外それくらいの話なのかもしれない。


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