ここ数年で、副業や投資という言葉を聞かない日はほとんどなくなった。
新NISAが始まり、資産形成は当たり前の話題になり、副業も珍しい行為ではなくなった。
少し前までは違ったはずである。
副業はこっそりやるものだったし、投資は一部の人間の世界の話だった。
では、なぜここまで一気に広がったのだろうか。
給料が上がらないから。
物価が上がったから。
将来が不安だから。
確かにそれは理由の一つである。
しかし、それだけでここまでの流行が生まれるとは考えにくい。
なぜなら、同じような不安は昔から存在していたからである。
不安はいつの時代にもあった
日本は長い間、経済成長が鈍化した社会の中で生活してきた。
将来への不安も、生活への不安も、ここ最近になって突然現れたものではない。
それでも当時、副業や投資がこれほど一般化することはなかった。
つまり、不安があるだけでは人は動かない。
不安は条件にはなるが、引き金にはならない。
人が一斉に動き始めるときには、別の何かが必要になる。
流行は自然に生まれるものではない
流行というものは、偶然に広がるように見えて、実はかなり条件が整ってから生まれる。
まず、不安や課題が広がる。
次に、それを解決できそうな手段が現実的になる。
そして最後に、それをビジネスにする側が現れる。
この三つが揃ったとき、市場が成立する。
市場が成立したとき、人はそれを「流行」と呼ぶ。
ここに陰謀があるわけではない。
あるのは、需要と供給が一致したという事実である。
早い者勝ちの世界では「最初に名乗った人」が強い
副業でも投資でも共通していることがある。
それは、早い者勝ちの構造である。
最初に始めた人は、特別な能力がなくても目立つことができる。
競争相手が少ないからである。
そして市場が大きくなったとき、その人は「第一人者」になる。
実力だけでなく、名前そのものが価値になる。
この構造は、どの時代でも変わらない。
だからこそ、新しい市場が生まれそうな気配がすると、企業やインフルエンサーが一斉に集まってくる。
それは善でも悪でもなく、合理的な行動である。
政府まで動き始めたことの意味
最近では、政府までもが副業や資産形成を推奨するようになった。
これに違和感を持つ人もいるだろう。
なぜ国がそこまで言うのか。
なぜ「自分で備えろ」と言うのか。
答えは単純である。
支えきれなくなる可能性があるからである。
少子高齢化が進み、社会保障費は増え続けている。
この状況の中で、生活の安定をすべて制度に任せることは難しくなりつつある。
だからこそ、副業や投資という選択肢が前面に出てきた。
これは希望の話でも絶望の話でもない。
現実の話である。
私自身も、この流行の中にいる
ここまで書いておいて、少し皮肉な話になる。
かくいう私も、自分の思考を商品として売ろうとしている。
つまり私は、この流行を外から眺めている人間ではない。
その中にいる当事者の一人である。
そしてこの文章を読んでいるあなたも、
同じような感覚を持っているかもしれない。
これは本当に必要なものなのか。
ただ流行に乗せられているだけではないのか。
そう感じること自体は、極めて自然なことである。
流行に乗ること自体は問題ではない
副業をすること。
投資をすること。
新しいことに挑戦すること。
これらはすべて、合理的な行動である。
問題は、行動そのものではない。
その前にある判断である。
流されて動いたのか。
理解したうえで動いたのか。
この違いは小さく見えるが、後になって大きな差になる。
本当に大切なのは「選んだかどうか」である
流行というものは厄介である。
気づかないうちに巻き込まれていることもある。
だが同時に、自分の意思で乗ることもできる。
自分の生活に不安があるなら、
一度立ち止まって考えるのもいい。
何が不安なのか。
それは本当に解消できるのか。
別の方法はないのか。
だが、人は常に合理的に動けるわけではない。
そこまで考えたくないときもある。
そんなときは、あえて流行に乗るという選択もある。
大切なのは、乗るかどうかではない。
自分で選んだかどうかである。
この先の話
ここまで読んでくださった方の中には、
一つの疑問が残っているかもしれない。
では、
どうやって流行に流されずに判断すればいいのか。
何を見ればいいのか。
どこで立ち止まればいいのか。
そして、いつ動けばいいのか。
この問いについては、少し踏み込んだ話になる。
表面的な心構えではなく、
実際に使える判断基準の話になるからである。
その具体的な考え方については、
noteの中で整理している。
実際に読んでみたい方はこちらから。

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